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大阪地方裁判所 昭和42年(行ウ)46号 判決

原告 有限会社エアーの店

被告 大阪国税局長 外一名

訴訟代理人 上杉晴一郎 外五名

主文

被告南税務署長が、昭和四〇年六月三〇日付で、原告の昭和三八年九月一日から同三九年八月三一日までの事業年度分の法人税について、その所得金額を金二、四〇五、二一四円、法人税額を金八一四、〇〇〇円としてなした更正決定(但し、被告大阪国税局長の裁決により、所得金額金一、四三〇、七〇七円、法人税額金四七二、一三〇円とそれぞれ減額された。)のうち、所得金額金一、〇七〇、七〇七円を超える部分、及び法人税額につき右所得金額に対応する額を超える部分は、いずれもこれを取消す。

原告の被告南税務署長に対するその余の請求、及び被告大阪国税局長に対する請求は、いずれもこれを棄却する。訴訟費用中、原告と被告大阪国税局長との間に生じたものは原告の負担とし、原告と被告南税務署長との間に生じたものは三分し、その一を同被告の、その余を原告の負担とする。

事実

第一、申立

(原告)

一、被告大阪国税局長が昭和四一年五月一八日付で、原告に対し、昭和三八年九月一日から同三九年八月三一日までの事業年度分の法人税について、所得金額金一、四三〇、七〇七円、法人税額金四七二、一三一円としてなした裁決のうち、被告南税務署長が同四〇年六月三〇日付でなした更正決定を取消すとの部分を除くその余の部分を取消す。

二、被告南税務署長が、同四〇年六月三〇日付で、原告の前項掲記の事業年度分法人税について、その所得金額を金二、四〇五、二一四円、法人税額を金八一四、〇〇〇円としてなした更正決定(但し、被告大阪国税局長の裁決により、所得金額金一、四三〇、七〇七円、法人税額金四七二、一三〇円とそれぞれ減額された。)のうち、所得金額金四三七、一二七円、法人税額金一四四、二四三円を超える部分を取消す。

三、訴訟費用は被告らの負担する。

との判決を求める。

(被告ら)

一、原告の請求は、いずれもこれを棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第二、主張

(原告の請求原因)

一、原告は大阪市南区心斎橋筋二丁目四五番地に営業所を有する婦人用下着の卸及び小売販売並びに右に附帯する業務を営む白色申告法人であるが、昭和四〇年六月七日被告南税務署長(以下被告署長と称する。)に対し、昭和三八年九月一日から同三九年八月三一日までの事業年度(以下本件事業年度という。)分法人税に関し、所得金額を金四三七、一二七円、法人税額を金一四四、二三四円として確定申告をしたところ、被告署長は、昭和四〇年六月三〇日付で次のとおり更正並びに重加算税の賦課決定をし、そのころ原告に通知した。

一、所得金額   金二、四〇五、二一四円

一、所得に対する税額 金七九三、七一六円

一、留保所得額    金二〇二、九〇〇円

一、右に対する税額   金二〇、二九〇円

一、法人税額     金八一四、〇〇〇円

一、重加算税額    金二三四、一五〇円

二、そこで原告は被告署長に対し、同年七月二八日、右更正並びに重加算税賦課決定について異議申立てをしたところ、同被告は同年一〇月一八日右申立てを棄却するとの決定をし、その頃原告に通知した。

その理由とするところは、原告と同族会社の関係にある有限会社ママの店(以下単にママの店という。)において計上されている借入金一、九六八、〇八七円は、原告からの借入金であるにも拘わらず、原告の期末貸付金勘定にはその金額が計上されていない。従つて、これは簿外貸付であり、原告が売上除外したため生じたものであるから、これを原告の所得金額の計算上益金に加算してなされた原処分に誤りはないというのであつた。

三、次いで原告は、同年一〇月二二日、被告大阪国税局長(以下被告局長と称する。)に対し、右決定を不服として審査請求をしたところ、同被告は同四一年五月一八日付で「原処分が原告の所得金額の計算上益金に算入した金一、九六八、〇八七円について、その不当を認めてこれを取消すとともに右に伴う重加算税の賦課決定も取消す。但し、中村弥美栄、中村歳栄、坂上小菊は原告の業務に事実上従事していないと認められるのに、原告は右三名に対する給与として合計金一、〇三二、〇〇〇円を所得金額の計算上損金に算入しているので、これを否認し、なお未納事業税金三八、四二〇円につき、損金額への算入洩れがあるのでこの分を差引いた上原告の所得金額を計算すると、金一、四三〇、七〇七円となり、これに対する法人税は金四七二、一三〇円となる。」として原告の所得金額を金一、四三〇、七〇七円、税額を金四七二、一三〇円とする裁決をなし、同年六月九日頃原告に通知した。

四、被告局長のなした右裁決は、原告の不服申立の全範囲について原告の主張の正当性を容認して原処分を全部取消すとともに、新たに原告が損金に算入した給与額の一部を否認し、右金額を原告の所得の一部として税額を定める新処分をなしたもので、この新処分は強いて言えば行政不服審査法四〇条五項の変更裁決であると解すべきであり、右裁決のうち原処分を取消すとの部分はもとより正当であるが、本訴において取消を求めるその余の部分は、中村弥美栄、同歳栄、坂上小菊の三名とも原告の営業所に常勤し、その営業に従事している者であるにかかわらず、右三名が事実上原告の業務に従事していないと一方的に認定し、これを前提としてなされたものであつて、この点において違法である。

五、のみならず被告局長のなした本件裁決のうち本訴において取消を求める部分は、原告の不服申立事由と異なる新たな課税根拠たる事由を認定し、これに基づいてなされたものであり、かかる裁決は以下に指摘する点において違法であるので取消されるべきである。

(一)、審査請求は国民の不服申立に基づく行政救済制度であり、国民の権利利益の救済をはかることを第一義とし、それによつて行政の適正な運営を確保しようとするものであるから、審査請求における審理の範囲は不服申立において請求人より主張されたところの処分の具体的違法事由の存否に限定されるべきである。これを本件についてみるに原告は被告署長のなした更正決定並びに異議申立に対する棄却決定の理由とする原告における簿外貸付金の認定を違法として審査請求をしたのであるから、右認定の当否のみが本件審査請求における審理の対象となるべきである。しかるに被告局長は、右範囲を逸脱して審理を行ない、原告の不服申立事由とは何ら関係のない給与額否認を理由として本件裁決をなしたものであるから違法である。

(二)、つぎに、更正決定または異議申立棄却決定に付記された理由は審査庁を拘束するものと解すべきである。何故なら、審査庁の裁決は審査請求人の不服申立に対応するものであるからである。本件においては、原告は、異議申立棄却決定に付記された簿外貸付金の認定を争つて審査請求をしたのであるから、審査庁である被告局長としては、この不服の事由に対応した判断を示せば足りるのであつて、簿外貸付金の存在を否定した以上、原告の審査請求をすべて認容する裁決をなすべきであつた。しかるに被告局長は給与額の一部を否認するという原処分の理由とは全く異なつた別個の理由を付加して、本件裁決をなしたのであるから、本件裁決はこの点においても違法である。

(三)、更に行政処分に付記された理由は、当該処分の要素となり、その理由を変更することは別個の処分をすることになる。それ故、更正決定または異議申立棄却決定に付記された理由を変更することは、全く別個の課税処分をなすことに外ならないが、被告局長はこのような課税処分をなす権限を有しない。しかるに本件において、被告局長は、原告の不服事由を認容しながら、原処分に付記された理由と異なる課税根拠を認定し、これを前提として本件裁決をなしたものであつて、右は裁決の名のもとに新たな課税処分をなしたものにほかならず、本件裁決はこの点においても、また、違法である。

(四)、国税通則法は、国税に関する処分については原則として審査請求前置主義をとつている。しかるに裁決において新たな課税根拠の認定を許せばこの課税根拠について納税者は行政救済の道を失うことになり、審査請求前置主義の趣旨に反し、ひいては同法一条に掲げる簡易迅速な手続による国民の権利利益の救済を不能ならしめることにもなる。のみならず、同法七〇条は国税についての更正決定をなし得る期間を原則としてその法定申告期限後三年間と定めて三年経過後の更正を許さないこととし、この点で納税者の保護をはかつている。しかるに裁決によつて新たな課税根拠の認定を許すとすれば、三年経過後も裁決に名を籍つて新たな課税根拠が認定されることになり右期間制限条項は有名無実となる。この点からみても裁決において新たな課税根拠を認定することは許されず、本件裁決は違法であるというべきである。

六、本件裁決には以上に指摘したほかに次のごとき瑕疵があり取消を免れない。

すなわち被告局長は給与額を否認するについて

(1) 、原告に対し事前に何らの主張もさせず、従つて防禦の機会も与えず、

(2) 、否認についての資料ないし証拠の提出を求め或いは呈示することもなく、

(3) 、裁決書において、認定した課税根拠を付記するだけで調査者の氏名、調査資料、認定根拠について全く記載していない。

これは審査手続において不服の事由につき十分に審査し、請求人に防禦を尽くさせ、客観的資料に基づいて判断すべきことを要請している行政不服審査法の趣旨に反するだけでなく、裁決理由としても、前記のごとく単に中村弥美栄外二名が原告の業務に従事していないと認められるから給与支給額は損金に算入しないという旨の記載しかなされておらず、このような認定をした具体的根拠は全く示されていない。これでは何等の理由をも記載していないのに等しく、裁決において理由の付記を要求している法の趣旨に反し、理由付記を欠缺するものである。従つて本件裁決は右の点においても違法であつて取消を免れない。

七、本件裁決のうち本訴において取消を求める部分には以上のごとき瑕疵が存し、これらはすべて裁決固有の瑕疵であるから被告局長に対しその取消を求める。

八、本件事業年度における原告の所得額及び納付すべき法人税額は原告の申告どおりであり、被告署長の更正決定のうち申告額を越える部分は違法であるので、被告署長に対し、その取消を求める。

(請求原因に対する被告らの答弁及び主張)

一、答弁

請求原因一ないし三の事実はすべて認め、同四ないし八の事実及び主張はすべて否認する。なお同四の主張は、裁決固有の瑕疵に該当しない。

二、主張

(一)、被告局長は、本件裁決により原告主張のように原処分を全部取消し新たな処分をなしたものではなく、原告の所得額金一、四三〇、七〇七円の範囲において原処分を維持し、これを超える部分(及び重加算税賦課決定)に関してのみ原処分を取消したのであつて、原処分の一部を取消す旨裁決をしたにすぎないのである。もつとも被告局長の維持した更正部分を構成する所得の計算根拠については、被告署長と被告局長の判断が部分的に異なる点のあることは原告主張のとおりである。しかしながら、課税標準についての更正を争う訴訟において提出される個々の取引額算定の基礎となる事実は、単なる攻撃防禦の方法に過ぎず、不服審査手続においても右と同様に解すべきであり、審査庁は、原処分の結論が妥当である部分はその理由が異なるにしろ、それを維持してその部分に関する不服申立を棄却し得ると解すべきであるから原処分とは異なる所得の計算根拠に基づく本件裁決も行政不服審査法四〇条五項にいう変更裁決ではなく、原処分の一部取消の裁決というに止まるのであつて、原告主張の如き違法は何ら存しないのである。

(二)、原告は、課税処分に対する審査請求における審理の範囲は当該不服申立において主張せられている処分の具体的違法事由の成否に限定せられると主張するが、課税処分は、客観的、抽象的にはすでに成立している租税債務を確認し、その内容をなす金額を具体的に確定させるための一つの方法にすぎず、かつ、法は青色申告にかかる申告を更正する場合における帳簿書類の調査、理由の付記などのほかには、課税庁が課税標準等を認定し、課税処分を行なうに際して一定の手続をとるべき旨の手続的な規制は設けていないから、課税庁の認定計算した課税標準等または税額等が税法に違反しているかどうかは、青色申告の更正の場合以外はもつぱらそれが実際の課税標準等または正当な税額等を超えているかどうかによつて決定されるのである。それ故、白色申告法人である本件原告の場合、審査請求における審理の対象となるのは原処分の認定した課税標準等または税額等が実際の額を超えているかどうかであつて、審査請求を受けた被告局長としては、審理の範囲を審査請求にかかる具体的違法事由の存否のみに限定される必要はなく、上級行政庁として原処分の全般に亘り審査する権限を有しているものである。

従つて、この点についても本件裁決には何らの違法はない。

(三)、原告は、本件事業年度における法人税の確定申告に際し、給与として

中村弥美栄に対し金五一〇、〇〇〇円

坂上小菊に対し 金一六二、〇〇〇円

中村歳栄に対し 金三六〇、〇〇〇円

合計   金 一、〇三二、〇〇〇円

を支給したとしてこれを損金に算入し、所得額を金四三七、一二七円として申告したが、当時、中村弥美栄、坂上小菊の両名は他に職業を有しており、また中村歳栄は病弱であつて、これらの三名はいずれも原告に勤務していた事実はなく、従つて原告がこれら三名に対する給与額を損金に算入したのを容認することはできない。他方原告には申告にかかる損金以外に未納の事業税金三八、四二〇円があるので、これを新たに損金として算入すべきである。従つて次の算式どおり原告の本件事業年度における所得額は金一、四三〇、七〇七円、これに対する法人税は金四七二、一三〇円となるのであつて被告署長のなした更正決定は、本件裁決の限度内で適法である。

算式

(1)  所得額 437,127円+1,032,000円-38,420円 = 1,430,707円

(申告額) (加算額) (減算額)

(2)  税額 1,430,700円× 33% = 472,131円

(課税標準)(税率)

(被告らの主張に対する原告の答弁及び反論)

一、答弁

被告らの主張(一)、(二)はすべて争う。同(三)の事実のうち、本件事業年度における原告の申告所得額が金四三七、一二七円であること、未納事業税金三八、四二〇円を新たに損金に算入すべきであることは認め、その余は否認する。

二、反論

一事業年度における法人の所得は当該事業年度の益金額から損金額を控除したものとして計算されるのであるから、謀税において対象とされる所得額を算定するには益金額、損金額を算定する必要があり、そのためには更にその内訳をなす取引事実を確認し、その金額を確定しなければならない。それゆえ、個々の取引額算定の基礎となる事実が課税処分における所得額確定の原因事実をなすものであり、所得額算定の基礎となる別個の事実を認定することは、別個の課税処分をなすにほかならないと解すべきである。これを本件についてみるに、被告署長は益金額として計上すべき売上金の一部を除外して簿外貸付をしたという事実を認定し更正決定をしたのであるから、右簿外貸付金額が同被告の所得額確定の原因事実であり、被告局長が右簿外貸付金の存在を否定し、これを理由とする所得金額を取消した以上、原処分たる更正決定はその全てが取消されたことになり、その後において損金として算入すべき給与支給額の一部否認という異る所得額確定の基礎事実を認定してなされた本件裁決は、原処分とは別個の新たな処分であるというべきであり、被告ら主張のように原処分の一部維持であつて、単に原処分とその理由づけを異にするにすぎないものということはできない。

第三、証拠関係〈省略〉

理由

一、請求原因一ないし三の各事実はいずれも当事者間に争いがない。

二、そこでまず原告の被告局長に対する請求について判断する。

(一)、原告はまず、中村弥美栄、同歳栄、坂上小菊の三名は原告の営業所に常勤し、その営業に従事していた者であるにかかわらず、右三名が事実上原告の業務に従事していないと認定し、これらの者に対する給与支払額を損金に算入することを否認してなされた本件裁決は違法であると主張する。

しかしながら、原告の右主張は帰するところ、本件裁決によつて維持されたところの原処分認定の所得額が原告の現実の所得額と異るとの主張であつて、右は原処分の違法事由に該当するもので、裁決固有の瑕疵ということはできないと解すべきであるが、行政事件訴訟法一〇条二項によれば、「裁決の取消しの訴えにおいては、処分の違法を理由として取消しを求めることができない。」と規定されているから、原告の右主張はそれ自体において失当であるといわなければならない。

(二)、次に原告は、被告局長は、原告の不服申立の範囲を越えて審理を行ない本件裁決をしたので違法である旨主張する。

なるほど、被告局長が、原告の不服申立の事由たる売上除外金不存在の事実を認定しながら右以外の事実の存否に審理を及ぼし、給与支給額の一部否認を理由として結局原処分の一部を維持したことは前示のとおりである。しかしながら、課税処分は、所得及び税額の確定を目的としてなされる処分であつて、それに対する審査請求における裁決は、原処分の認定した所得額及び税額の当否をその対象としてなされたものであり、その審理の範囲も所得を構成すべきあらゆる事実の存否に亘るものと解すべきであつて、単に不服申立の事由たる特定の違法事由の存否に限定せられるものではないというべきである。よつて原告の右主張は理由がない。

(三)、原告はまた、更正決定または異議申立棄却決定に付記された理由は審査庁を拘束するものと解すべきであるにもかかわらず、被告局長は給与額の一部を否認するという原処分の理由とは全く異なつた別個の理由を付加して本件裁決をなしたから、本件裁決はこの点において違法である旨主張する。

しかしながら、すでに二、(二)において判示したとおり、審査庁たる被告局長は被告署長の上級行政庁として、原処分が認定した所得額及び税額の当否を判断するため、審査請求人の所得を構成するあらゆる事実の存否につき審理をなす権限を有しているのであるから、審査庁が更正決定または異議申立棄却決定に付記された理由に拘束されるいわれはない。従つて、原告の右主張は、その前提を欠くことになるから、失当であつて、採用できない。

(四)、原告は被告局長は、本件裁決により被告署長のなした原処分のすべてを取消すとともに、別個の新たな処分をなしたところ、被告局長はこのような課税処分をなす権限を有しないから、本件裁決はこの点において違法であると主張するので判断する。

およそ、法人税等における租税債務は、一定の額の所得が存することによつて、法の規定するところに従い客観的、抽象的にはすでに成立しているものであつて、確定申告及び更正決定等の課税処分はこのすでに成立している租税債務を具体的に確定する手続にすぎないものである。それゆえ法人税における課税処分の目的は、もつぱら対象法人の一定期間における所得額の把握にあるのであつて、所得の構成要素にすぎない個々の取引事実の存否の確定が課税処分における最終的目的となるものではない。従つて個々の取引事実の存否は、課税処分を根拠づける理由とはなり得ても、その取引事実ごとに別個独立の課税処分が成立するとい5ことはできない。そして、審査請求は課税処分に対する不服の申立であるから、その審査も原処分の認定した所得額それ自体の当否をその対象としてなされるものであつて、本件裁決のように原処分とは異る課税根拠に基づき原告の所得を認定し、これを基礎として裁決がなされたとしても、それは単に所得認定の理由が異なるというに止まるのであつて、本件裁決の場合は、審査庁の審理の結果原告の所得が申告にかかる額よりは多いが原処分の認定した額より少ないとの結論に基づき原処分の一部を維持し、他の一部を取消したものというべく、原告主張のように原処分のすべてを取消したうえ、裁決の名の下に、別個の新たな課税処分をなしたものでないことは明らかであつて、原告の右主張はその前提を欠くことになるから、採用できない。

(五)、原告は、国税通則法において国税に関する処分について審査請求前置主義をとつているにかかわらず、裁決において新たな課税根拠の認定を許せば、納税者はこの課税根拠について行政救済の道を失うことになるのでかかることは許されないと主張する。

しかしながら、審査庁たる国税局長は、処分庁たる税務署長の上級行政庁であり、審査手続において国税局長が新たな課税根拠を認定した場合、下級行政庁たる税務署長に対し、再更正を行なうことを指示することはもとより可能であるが、この場合再更正に対する審査請求において、国税局長が所得額につき再更正と同一の認定を行なうことは容易に予想されるところであるから、かかる手続をとらず、新たに認定した課税根拠に基づき原処分を維持する裁決をしても、所得が客観的に存在する以上、これに対して課税をなすことは他の納税者との間の公平という見地からいつて当然のことであるからそのことのみによつて直ちに納税者より行政救済の道を奪うことになると断ずることはできない。それ故、原告の右主張は採用の限りではない。

また原告は、国税通則法は、更正をなし得る期間を原則として法定申告期限後三年間と定めているにもかかわらず、裁決において新たな課税根拠の認定を許せば、三年を経過した後においても裁決の名のもとに新たな更正が行われるのと同じ結果になり、更正期間制限の法の定めが有名無実となるから、かかることは許されず、従つて原処分とは異る新課税根拠の認定に基づく本件裁決は違法であると主張する。

しかしながら、本件裁決が本件事業年度における法人税の法定申告期限から三年以内になされたものであることは前示のところから明らかであるばかりでなく、法定申告期限から三年を経過した後に、新たな課税根拠に基づいて原処分を維持する裁決をなすことが更正につき期間制限を定めた法の趣旨を没却させることになるということから、一般的に更正をなしうる期間内においても原処分と異なる課税根拠に基づいて原処分を維持する裁決をもなしえないと断ずることは、早計の誘りを免れないから、原告の右主張も失当であつて採用できない。

(六)、最後に原告は、被告局長は給与支給額否認を理由とする本件裁決をなすにつき、

(1)  原告に対し、事前に何らの主張もせず、従つて防禦の機会も与えず、

(2)  否認についての資料ないし証拠の提出を求め或いは呈示することなく、

(3)  裁決書において、認定した課税根拠を付記するだけで調査者の氏名、調査資料、認定根拠について全く記載していない。

これは、行政不服審査法の精神に反するものであつて、本件裁決はこの点において違法であると主張する。

しかしながら、行政不服審査法には、裁決書において右(3) のうち、調査者の氏名、調査資料、認定根拠のごとき事項を記載すべきことを命じている規定は存在せず、(1) 、(2) 記載の点については、〈証拠省略〉によれば、なるほど、被告局長は給与支給額の否認を理由とする本件裁決をなすにつき、事前にその課税根拠を示さず、従つて原告に対し、これについての弁明をなす機会を与えなかつた事実が認められるが、他方原告と同様に同族会社の関係にあるママの店の借入金が原告の売上除外金によるものであるとの原処分の認定に対し、原告は、審査請求の段階においてママの店の右借入金は原告からのものではなく、原告やママの店をはじめ、これらと同様に同族会社の関係にある数社の実質的経営者である中村泰之助個人からの借入金である旨主張したことは後記認定のとおりであり、また〈証拠省略〉によれば原告から中村弥美栄外二名に対し支払われたとされている給与支給額が右貸付資金の一部になつているとの認定がもととなつて本件裁決がなされるに至つたものであること及び原告の代表者たる中村弥美栄は、調査に当たつた国税局協議団職員の再三に亘る呼出しにも応じず、調査に対し非協力的であつた事実が認められ、右認定に反する原告代表者尋問の結果は前掲証拠と対比して信用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。ところで、被告局長は、前示のとおり、原告の所得を構成するあらゆる事実について審査をなす権限を有しているのであり、また右のごとき本件審査請求における調査の経過に照らせば、前記のごとく被告局長が本件裁決をなすに当たつて事前に原処分とは異る課税根拠を示さず、原告に右についての弁明をなす機会を与えなかつたという事実を捉えて、本件審査手続が審査請求人である原告の諸権利を保障した行政不服審査法の精神に背馳した違法なものであると認めることはできない。

また原告は、本件裁決に付記された理由は、裁決において理由の付記を要求している行政不服審査法の趣旨に反し、理由付記として不十分であると主張するが原告は、本件審査請求に対する調査の段階において、担当協議団に対し本件事業年度中に中村弥美栄、同歳栄、坂上小菊の三名に、合計金一、〇三二、〇〇〇円の給与を支給したと申立てていたことは後記認定のとおりであり、他方〈証拠省略〉によれば、本件裁決書には裁決の理由として「……但し中村弥美栄氏、中村歳栄氏及び坂上小菊氏は請求法人の業務に事実上従事していないと認められるから三氏にかかる給与額の合計金一、〇三二、〇〇〇円は請求法人の当期の所得の金額の計算上損金の額に算入しない。」との記載があることが認められるので、右の理由記載により本件裁決の結論に到達した過程を一応原告に理解させ得るものというべく、裁決の理由付記としては、右の程度をもつて足りるものと解すべきである。よつて原告の右主張もまた理由がない。

(七)、以上のとおりであつて、本件裁決が違法であるとの原告の主張はいずれも理由がなく、原告の被告局長に対する本訴請求は排斥を免れない。

三、次に原告の被告署長に対する請求について判断する。

原告が、中村弥美栄に対し金五一〇、〇〇〇円、坂上小菊に対し金一六二、〇〇〇円、中村歳栄に対し金三六〇、〇〇〇円、合計金一、〇三二、〇〇〇円の給与を支給したとして本件事業年度における所得額を金四三七、一二七円と算出して確定申告をしたこと、及び申告にかかる損金以外に未納の事業税が金三八、四二〇円存することについては当事者間に争いがない。

そこで右三名に対する給与の支給額が所得の計算上損金に算入することができるものであるかどうかについて判断する。〈証拠省略〉並びに弁論の全趣旨を総合すると以下の各事実を認めることができる。すなわち、中村弥美栄と同歳栄は姉妹であり、坂上小菊は右両名の父中村泰之助との間で戦前から主従の関係にあつたものであるが、中村弥美栄は原告の代表取締役、坂上小菊は同取締役をしており、右両名、中村歳栄及びその妹中村多美子は原告のほかママの店、博多屋有限会社を始め数社の出資者ないし取締役等の役員として名を連ねており、これらの会社は出資額金五〇万円前後の小規模ないわゆる同族会社であつて、その実質的な支配者ないし経営者は弥美栄、歳栄等の父泰之助であること、ママの店の提出した本件事業年度と同一期間の事業年度における確定申告書付属の決算書類によれば、同社は、原告からの借入金として金一、九六八、〇八七円を計上しているにかかわらず、同年度における原告の確定申告書付属の決算書類には、ママの店に対する貸付金は全く計上されていなかつたので、被告署長においては原告が売上除外金によりママの店に対し簿外貸付をしたものと認定のうえ、右金額を原告の所得に加算して本件更正決定をしたこと、これに対する審査請求の段階において、原告は、ママの店に対する右貸付金は原告からのものではなく中村泰之助個人からのものであると主張したが、昭和三八、三九両年度における同人の所得は、同人の提出した所得税の確定申告によれば合計金六〇万円にすぎず、右貸付資金の出所につき、合理的な説明がなされなかつたこと、原告は、審査請求の段階において、本件事業年度において原告から坂上小菊に対し金一七二、〇〇〇円、中村歳栄に対し金三六〇、〇〇〇円、同弥美栄に対し金五一〇、〇〇〇円をそれぞれ給与として支払つたとしてその明細書を提出したが、坂上小菊は当時美容師としてマヤ美容室とナルシヤン美容室の二店を経営しており、これらと同時に原告の業務に従事することは事実上殆ど不可能であると認められるうえ、本件審査請求事案の調査を担当した大阪国税局の協議団職員岩水明の質問に対し、「原告から給与が出ていることになつていれば、そうでしような。」と答えており、同人には原告から給与を受けているとの認識が非常に薄いこと、このことは同人が昭和三九、四〇両年度の総合所得を申告するに当たり、原告からの給与をその所得の一部として申告していないことからも明らかであること、また中村弥美栄は当時伊藤忠商事株式会社に勤務しており、同社における本件事業年度中の午後六時以後の残業時間は合計約二四〇時間もあつて、退社後に常時原告の業務に従事することは時間的にみて非常に困難であると認められること、当時原告の営業所には会計担当者のほか二、三名の店員が常時勤務していたほか、前記中村多美子も同営業に関与していたが、原告はその売上のうちのほとんどがママの店に対する委託販売であつて、営業所の店頭における売上額は、当時年間約四〇〇万円にすぎず、この程度の規模であれば、坂上小菊及び中村弥美栄の労力を必要とすることは必ずしも認められないこと、そのうえ、原告の実質的な経営者で、その経営の指図に当たつていたと認められる中村泰之助が、本件事業年度中において原告から金四五〇、〇〇〇円の給与の支払を受けていること、以上の各事実が認められ、〈証拠省略〉右認定に反する部分は前掲各証拠に対比していずれも信用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

また、一方〈証拠省略〉によれば、中村歳栄は病弱というわけではなく、原告の営業所やママの店において働く以外に職業を有しておらず、この点では中村多美子と同様であること、歳栄は、同居しているママの店の店員約四名の世話をした後、通常午後から原告の営業所やママの店に出勤し、その後閉店までの間、商品の整理、値札つけ、銀行通い、その他店員の監督等の業務に従事していたこと、本件事業年度の期間中、原告は歳栄に対し金三六〇、〇〇〇円、多美子に対し金一六二、〇〇〇円、またママの店は歳栄に対し金二四〇、〇〇〇円、多美子に対し金六三〇、〇〇〇円をそれぞれ給与として支払つたとして確定申告をしたが、右の給与支払いのうち損金算入を否認されたのは、原告が歳栄に対して支払つたとされている金三六〇、〇〇〇円のみであること、が認められ、〈証拠省略〉右認定に反する部分は、前掲各証拠と対比して信用せず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定の各事実を総合して判断すれば、本件裁決において給与の支払いが否認された中村弥美栄、同歳栄、坂上小菊の三名のうち、本件事業年度当時、現実に原告の業務に従事していたのは、中村歳栄のみであつて、中村弥美栄及び坂上小菊の両名は原告の業務に従事していなかつたとみるべきであるから、右両名に給与として支払つたとされている合計金六七二、〇〇〇円は、原告の所得の計算上損金に算入することはできない。それゆえ、本件事業年度における原告の所得に、申告額金四三七、一二七円に、中村弥美栄及び坂上小菊に対する給与支払いを否認した合計金六七二、〇〇〇円を加算し、更に未払事業税金三八、四二〇円を減算した金一、〇七〇、七〇七円ということになる。従つて、被告署長のなした本件更正決定(但し、本件裁決により、所得金額金一、四三〇、七〇七円、法人税額金四七二、一三〇円とそれぞれ減額された。)は前示所得金額金一、〇七〇、七〇七円を超える限度において、また法人税額は右所得金額に対応する額を超える限度において、いずれも違法であるから取消を免れない。

四、以上のとおりであつて、原告の被告局長に対する本訴請求は理由がないのでこれを棄却し、被告署長に対する本訴請求は三において判示した限度で正当であるから認容し、その余は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条本文、八九条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 日野達蔵 喜多村治雄 南三郎)

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